2026.11.02
1341BC〜1323BC
在位1335BC〜1327BC
King Tut(キング・タット)
Tutankhamun(トゥータンカーメン)
トゥート・アンク・アメン(アメン神の生ける姿)
ツタンカーメンを語るならば、お父さんアクエンアテンからお話ししなければね。
アクエンアテンは従来のエジプトの神さまを全否定して、新たな神、唯一の神『アテン』を信仰の対象とし、全破壊と首都移転をして、結果失敗に終わり、次の王はスメンクカーラー、中継のネフェルティティの次にツタンカーメンとなります。
アクエンアテン🟰アメンホテプ四世
アクエンアテンの息子の一人。
アクエンアテンの時代にはトゥート・アンク・アメンはトゥート・アンク・アテンと呼ばれていましたよ。
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| アメンホテプ3世 | 第18王朝末期 | 古代エジプトの最盛期時代 |
| アメンホテプ四世🟰アクエンアテン | アマルナ 消された王 | 首都をアマルナ アテン一神教 |
| スメンクカーラー | アマルナに関わり消された王 | 在位が1~2年 |
| ツタンカーメン | アマルナに関わり消された王 | 在位9年 |
| アイ | アマルナに関わり消された王 | 在位4年 影の支配者から王へ |
| ホルエムヘブ | アマルナを消し去り第19王朝へと繋ぐ | 国家の安定を徹底する軍人出身 |
| ラムセス1世(パラメス) | 第19王朝 | 軍人、ホルエムヘブの部下 |
| セティ1世 | アビドスの王名表を残す | |
| ラムセス2世/ラムセス大王 | ||
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ツタンカーメンの9年の在位のあと、
老齢の宰相のアイがツタンカーメンの王妃と結婚して4年間王となり、
軍人出身のホルエムヘブがアマルナ移転から始まった乱れたエジプトの秩序を取り戻すため、
アマルナに関わった4人の王をなかったことにします。
ホルエムヘブは血統出身者ではありません。
18王朝の幕をおろし、第19王朝のラムセス1世へ繋ぎます。
セティ1世は有名なアビドスの王名表に、アメンホテプ3世の次の王をホルエムヘブ王としました。
ラムセス2世も王名表にアメンホテプ3世の次の王をホルエムヘブ王、ラムセス1世、セティ1世としました。
こうして公式文書から抹殺された四人。
でもでも、面白い情報がありましたよ。
時代はそこから約1000年後、
神官マネトは『エジプト誌』にて、
『かつてエジプトに異端信仰を持ち込み混乱を招いた悪党がおりました。名をオサルシフ(アクエンアテン)、ラトティス(ツタンカーメン)と言いました』
みたいな歪んだおぞましい伝説となって語り継がれていることを残しています。
ギリシャ語で書かれましたから名前も随分歪んでしまいましたね。
時は流れ流れ、
1887年、農夫がアマルナで粘土板を発見。
約380枚のアマルナ文書。
王名表にない王の存在が明らかとなる。
1912年、アマルナの彫刻家工房跡でネフェルティティの胸像を発見。
1922年、王家の谷でツタンカーメンの墓発見。
アマルナからの四人の王が表舞台へと返り咲きました。
今となれば、消しきれなかったツタンカーメンの名がカルナック神殿、ルクソール神殿に残されているのがわかりますよね。
それにしてもスメンクカーラーとアイは伝説の悪党にもなれず、本気で忘れ去られた存在だったのですよね。
